ズベさんのくず鉄魂

 

人の生活を支える道具は、いつか役目を終えるときを迎える。そんな廃材をアートに変える鉄の造形作家・藤本髙廣さんに制作の工夫や廃材利用の面白さを伝えてもらいます。

ズベさんのくず鉄魂 ①

 

廃材をアートに変える

鉄の造形作家

自分の名刺に「造形作家」と入れたのは58歳の時でした。自分のやりたかった作品作りが実現できたのを機会に、「鉄の造形作家」として生きとります。使うのは、くず鉄など。オブジェを作っとります。農機具から牛、ねじからねじ巻き鳥ができたりするとです。

鉄とは子供時代から関わってきました。おやじが鉄工所を始めて、慣れないながらに母が手伝って、貧乏な生活でした。そんな中で自分は工業高校を出させてもらったとですが、やんちゃな年頃で仕事を転々とした末に、20代前半でおやじの鉄工所を継いだとです。

それから30年。店舗の内装の依頼も多く、仕事は順調。要望を受けて、鉄板をたたいて立体動物も作ってみました。ばってん、人に頼まれて「誰かの形」を作るより、「自分の形を作りたい」と廃業を決めたとです。それが55歳。流されてきた人生で、自分の初めての決断が廃業。中村早月子さんという数十年来の親友がいるんですが、「困ったらご飯食べさせてやるけん」と、彼女に励まされ、背中を押されました。

そして珍道中の始まりです。個展を開いたり、展覧会で賞をもらったりしたこともありましたが、食べていくことは大変。バカなことをしていると悩み苦しみながらひたすら制作しとったとですが、やりたかったことが実現したとが58歳の時でした。熊本県小国町の坂本善三美術館から「滞在制作しませんか」と誘ってもらったとです。「ほんなこつですか(本当ですか)」と3回も聞き返しましたよ。

そこで前からやってみたかった、その土地で長年使われた道具の廃材から作品制作をしたとです。 素材は、農家の機械やくわやスコップ、食堂で不要になった鉄の食器、理髪店のホース、家庭用の鍋や湯たんぽ、茶釜など。テーマは

「地産地生」です。地元で呼びかけて、廃材を提供してもらうことから始めました。

ズベさんのくず鉄魂 ②

「地産地生」に全力投球

廃材合わせて表情形成

鉄の廃材作品を町のあちこちに展示する「小国収穫祭」を2016年9.10月に熊本県小国町で開きました。4月の熊本地震から間もないし、人も道路も被害を受けとったとですが、「こがん時こそ中止せずに開かんですか!」と励まされ、5月から半年間、町で滞在制作をしました。

テーマは「地産地生」長く使われて不要になった鉄の道具を、同じ土地で生まれ変わらせるとです。地元の人が製材所跡を貸してくれました。電気もなく、発電機地震で出払った状態でしたが、地元の人の温かさに本当に助けられました。

「くず鉄募集」のチラシを作り、田植え機や脱穀機の部品で作った作品「いのしし」の写真も載せて回覧板で呼びかけました。商店街を訪ね歩いたら、町おこしになると喜んでくれる人もいました。でも「くず鉄の作品を展示したい」と突然頼んでも「ゴミを置かせてくれ」と言っているようなもんですけんね。

 

小国両神社には、干支の子・巳・戌を展示させてもらいました。神社にはこれ以外は地元の人から既に奉納されていたから、十二支そろったのは数十年ぶりだったそう。子の耳はフライパン、尻尾は耕運機のレバーでできとります。耕運機の土を掘るへらは、ちょうど戌の耳が垂れた形で、みそ屋さんのみそ練り機が顔の輪郭。

巳は水道管です。不思議と、作りたい形を決めて廃材を集めようとしてもうまくいかんとですが、集まった廃材を合わせていくと表情ができるとです。

巳になった水道管は、水道屋を廃業した90歳くらいのおじいさんからもらったもの。作品をプレゼントしたら「自分も使っていた道具で何か作りたい」と、残っていた道具を溶接し始めたと聞いて、うれしかったです。

地元の人との触れ合って全力投球で制作して、この時初めて「造形作家です」と自己紹介できたたとです。

ズベさんのくず鉄魂 ⓷

自分の原点に巡り合う

作品作り貫く格好良さ

作品に使う廃材はいろいろあるとですが、故障したクレーン付きのトラックから、「小国から来たバイク」という作品を作りました。

長さ3・5メートル幅2メートル弱もあって、移動に苦労するとです。

それでも、2012年に広島県のふくやまアートウォークに持って行き、13年

熊本市現代美術館、153に東京モーターサイクルショーで展示できました。大きいから輸送費もかかるし、重たいから展示先の床を傷つけんようにせんといかんし、搬入口にひっかかるから作品の一部を一度外さんといかんとですけど。

このバイクをきっかけに、自分の原点と思う人にも巡り合えたとです。作品を見た人が「現代美術家の篠原有司男さんの段ボールで作ったバイクのようだ」と言ってくれました。その時、十数年前にとある美術館の展示で「わー‼︎」と感動した段ボールのバイクの作品が、篠原さんの作品だったと分かったとです。そしたら「どぎゃん(どんな)人か会ってみたか!」と思うでしょう。そしたら何と、本当に会えたとです。ニューヨーク在住ですけど、来日すると聞いて、自分の作品の写真を持って会いに行ったとです。

篠原さんは、まず「あんたもソフトモヒカンだね」と言われました。髪型お互いソフトモヒカンで同じだったったとですね。そして写真を渡したら、目にくっつくくらい間近で見て、気さくに対等に話してくれて、格好いい人だった。「あんたは溶接ができるのかい?」と聞かれ「できます」と答えたら、「溶接ができると良いね」と言ってくれて。「君と僕とは同格だ」とサインしてくれたとです。

篠原さんは自分作品作りを貫いてきた人と思います。そうやって年を重ねたからこその格好良さがあった。自分も「自分の力でどこまでいけるか、やってみよう」と背中を押された気がしたとです。

ズベさんのくず鉄魂 ④

作品買ってもらうのは・・・

作品を買ってもらうというのは、大変にうれしかことです。

個展にお客さんがたくさん来ても一つも売れんということはあることでですけん。東京のしゃれた街青山で3日間の展示会を開いたことがあります。初日、杖を突いたおじいさんが来て、ある作品を「前に出して」「横を向けて回して」とじっくり見て帰っていきました。2日目。同じおじいさんが来て、同じ作品を出したり回したりしてくれと言います。3日目です。フランス人の4人組が来ました。4人は、工場のモーターの廃材で作った作品「しっぽの動く亀」を見て、おじいさんのように「前に出して」「横を向けて」なんて言うた後、「イエス!」と一言。意味が分からんだったですが、ギャラリーの人がざわつき始めたとです。それからあちこちで「イエス」「イエス」「イエス」。つまり「買う」という意味の「イエス!」だったとです。その4人廃材で作った作品を抱えきれないくらい買って、帰って行かれました。そして例のおじいさん。2日会ううち、どうも仙人のように思えてきて、初日から見ていた「グリーンフェイス」という、緑色のクレーンの部品を使った顔の作品をプレゼントしようと思っとりました。そして3日連続で来られたとですが、グリーンフェイスは売れた後。そしたらおじいさんが言うたとです。「作品はどれも良いが、値段が安い!」と。私もギャラリーの人も売れた喜びで涙しとったですが。

この展示は2010年のこと。その3年後に親から継いだ鉄工所を廃業し、これまで制作に専念し続けとります。素材は廃材でも、輸送や展示の費用を賄うぎりぎりの状態。作品を買っもらうのは大変なことだと改めて思うとです。

ズベさんのくず鉄魂 ⑤

風間深志さん

大ばかで、すごか人

鉄の廃材の造形作家として生きると55歳で決めてから、人付き合いを絶ちました。作品でもらったお金は次の制作や展示にあてないと、やっていけんですけん。

何度も「もうだめばい」と追い詰められました。鉄工所跡の自宅兼スタジオにずらっと並んだ作品たちが私を見つめて「おまえはばかだ。仕事も廃業して、相談できる人間関係も切って」と言っとる気がしました。

不思議かことに、その都度、作品を通した出会いに助けられてきました。オートバイ乗りの冒険家、風間深志さんもその一人。作品制作で関わった熊本のバイクイベントで出会って以降、いろんな機会や励ましをもらいました。

悩み苦しんで、体重も10キロ減ってげっそりした時のことです。ちょうど熊本に来ていた風間さんに会いに行ったことがありました。風間さんは冒険家として生きとる人です。オートバイでヒマラヤに登って、命を賭ける。そんな人が「俺も悩むことはあるよ」と話してくれたとです。私の軽トラックの助手席で話す姿を見て「命をかけた冒険をするなんて、俺の何倍も大ばかで、すごか人がおる。自分はまだ小さい」と、はっとしました。

風間さんと別れた後、自分の創作生活のけじめにと企画した個展のチラシを持って、美術館に寄ったとです。そしたら何と滞在制作に誘われ、気持ちと状況が百八十度変わったとです。ふと空を見上げたら、青く晴れて、悩みも消えて、その日の風は、忘れられません。

自分の悩み苦しみを表現した「煩悩バイク」という作品があります。煩悩の数と同じ108台です。うち8台は「希望のヒカリ」と名付けたライトがつく作品。

一つは風間さんに贈りました。煩悩の作品は、あと少しだけ、自宅に残っとります。

ズベさんのくず鉄魂 ⑥

「小国収穫祭」を見に来て頂きくつろぐ
三坂さんご夫妻

作品制作で生きていく

厳しい助言と励まし

店舗内装の仕事をしていた時期、自分なりに鉄でオブジェを作って「これで生きていけんだろうか」

と考えました。あるギャラリーの方に作品を見てもらったら「バブルの頃なら売れたけど・

・・。内装や家具を作る方が良い」と助言されました。「勉強になりました」とお礼を伝え、批判を受け入れよう、自分はまだまだだと思いました。その後、自分は廃業し、作品制作で生きていくことを決意したとです。それから数年後の2013年、鹿児島市で個展を開催できました。お世話になったのは「ホワイトギャラリー」の三坂基文さん、涼子ご夫婦。あの時、自分に厳しい助言をくれた人です。作品はお二人に「面白い」と言ってもらえるようになりました。厳しい助言をもらった時から、たいぎゃ(大変)励まされる存在です。16年、熊本県小国町での展覧会に来てくれた三坂さん夫妻と再会しました。久しぶりにお会いした涼子さんは病気でやせていました。「私余命3カ月なのよ」と伝えられました。そんな中でも「面白い。いいよ。うちで個展をやらんね」と言ってくれて。武骨で、飾るにも邪魔と思う人もいる廃材作品。たいぎゃうれしかったです。作品の記録はインターネットに写真を載せるくらいしかしてこなかったとですが、作品が売れてしまえば、うれしくも自分の手元には何も残りません。「作品集を作ろう」とも提案してくれて、その気持ちがありがたいと思いました。

出来上がった作品集 「一燈照隅」

そんな涼子さんが17年9月に他界されました。ある時、涼子さんに「おい(私)はこれからどぎゃんなっと(どうなるの)ですかね」と何げなく漏らしたことがあります。そしたら「あんたが自分で決めたことだがね」と。決めたことはやり抜きなさいという励ましだと思いました。今も強く胸に残っています。

ズベさんのくず鉄魂 ⑦

「自分はどこまでできるか」

廃材で世界一の作品を

鹿児島市のホワイトギャラリーでの個展に来てくれたお客さんの中に、「鹿児島県霧島アートの森」学芸課長の宮園広幸さんがいました。「造形作家」という名刺を渡したら「地元の素材を活用した作品で、とても良いですね!」と言ってくれらしたとです。自分は美術畑ではなかけん、評価はよく分からんとですが、ぐっと握手してくれたとがうれしかったです。

綱渡りのように制作を続けてきて、個展もできて、次は作品集が作れたら、御の字と思っとりました。そしたら、宮園さんから「鹿児島の大隅半島を会場にした野外アートイベントがあるから、滞在制作しませんか」と連続をもらい、2017年11月開催の「霧島アートライブ展」に誘われたとです。

うれしくて、うれしくて!でも、ふと気付いたとです。制作に没頭するために自分が人との縁を切ったせいで、うれしいことを伝えられ相手が少ないなあと。ぜいたくだからビールも絶っていたとですが、その時だけ本当に久しぶりに缶ビールとおつまみで乾杯しました。はたから見ればさびしかですが、うれしいことでした。

鉄工所を廃業して5年。自分の廃材作品の魅力を感じてくれる人に出会い、縁を切っても「信念を持ってやり通せ。ご飯なら食べさせてやるけん」と言ってくれる友人たちに支えられました。自分で決めたことから逃げ出さんように、いろんなことを絶ってきました。決まった道はない世界ですけん、この先も安心して生きるということははなかと思います。巡り合った廃材で、自分の形を作る。これが自分のあみ出したやり方です。

自分の力を出せるか出せんか。

作品を見た人がどう思ってくれるか。原点は「自分はどこまでできるか」です。世界一の作品を作りよるんだと思って、廃材に向かい合っとります。

以前、共同通信社から全国の新聞社に発信されましたがこの機会に見やすく活字にしました。造形作家になっていろんな方々との出会いの実話です

クサカベハクリュウ
(南大隅町神川大滝)
ホワイトギャラリーの個展初日においで頂いた宮園さん(左)と三坂さん

今現在、2020年3月6日どうにか制作して生きています。これまでで作品を通してであった方々に心より感謝いたします。

ありがとうございました。

 

これからもやれるだけやってみます。

 

造形作家 藤本髙廣

振り返るウマ。

先日、九州造形研究所モビーデイィク様から連絡があり古くなり使わない手動の切断機を頂きました。

そしてここに完成しました。

「振り返るウマ。」

願いを込めて創る。

ただ、ここにあるもので創る

去年の暮れに花畑広場に作品展示して以来このご時世になって、今自分に出来る事はここにある廃材や道具に願いやおもいを込めて創る事。

鉄筋や草刈機の部品、釘などの廃材をグラインダーでひたすら削ったりカナヅチで叩いたりとにかく今ここにあるもので下手でも一生懸命自分のカタチをただただ創るだけ。 願いを込めて「龍」

そして、ある晴れた日に造形作家の友人からのご紹介で80年使った風呂釜を頂き、取りに行きました、

風も優しい家庭菜園で収穫され珍しい木や花が咲いておりました。

とれたての野菜も頂き、持ち帰った風呂釜はすでに劣化していたので割れないように制作した石川五右衛門プロ。

「龍」
「石川五右衛門プロ」
(職業パチプロ)

廃材オブジェ。

廃材からいろいろなものを創らせて頂いておりますが、今回はお客様よりお持ち込みのコンクリートミキサーで「動くものを」とのご注文で制作しました。

捨てられていくカタチや使われずに無くなっていくカタチに息を吹き込むことで、人が笑ったり喜んでくれる。

僕が創るものはオブジェだったり置きものだったり、あまり生活の役にはたたないもの。

その人には世界にひとつのその人だけのその人の思いのこもったオブジェ。

だからこそ面白い🤣

W120 D160 H210
H 300
Mさんの自宅に展示。

人生いろいろあります。

これまで、自分がつくったカタチを欲しいと思っていただける方には直接お手渡しすることにこだわり、7年ほど続けてまいりました。

しかし、個展開催はおろか手渡しすら難しいこのご時世を鑑み、ここに紹介してさせていただきます。

下手な作品ですが、ご覧くださいませ。(廃材での制作依頼は継続しています)

TEL.FAX096−2939866

作品はその時にあった廃材で創られています、錆やその時代のカタチの風合いをお楽しみください、廃材で創られています、何の保証もありませんので取り扱いにご注意下さい。

尚、お問い合わせはコメントか電話 FAXにて連絡下さい。

(メールはやっていません)


「カンペイ」
H34 W8 D18 ¥25000


「うさぎ」
H15 W17 D8 ¥15000

「ドラゴン」
H% w33 D14 ¥16000

「ジョン」
H20 W7 D19 ¥18000

「踊るガイコツ」
H44 W52 D13 ¥25000

「ムック」
H39 W13 D22 ¥40000

移動式茶室
H180 w2100 D120 ¥500000

やるシカライト
H170 W180 D63 ¥280000
⑨「飛びそうな鳥」
H68 W65 D26¥16000

「フォーク ナイフ スプーン」
H32 W44 D15¥30000
11
「ゾ」
H47 W49 D25 ¥30000
12
「トリ」
H47 W32 D26 ¥30000
13
「たまがる」
H47 W32 D8 ¥22000
14
「グリーンバード」
H188 W60 D58 ¥180000
15
「ムクチ」
H15 W8 D9 ¥6000
16
ベースはハート型、パレット型、水たまり型、があり心を込めて活版印刷の廃材で制作
花は別
一輪差しH12 W7 D3 ¥2500
17
「ペリカン」
H24 W18 D5 ¥10000
18
「ウズ」
H26 W12 D5¥16000

こんな時できること。

こんな時できること。

それは今ここにあるものに願いを込めて、ただ創るだけ。

「願うこと、創ること。」

W1200 D1350 H1740

(ワイヤー)

このご時世にて。

個展の準備もしていましたが、しばらくは工房にての展示制作に集中することにしました。

つきましては、この際、手持ちの幻の作品集「一燈照隅」を長崎書店と熊本市現代美術館、ZUUN にて販売しておりますのでどうぞよろしくお願いします。

作品集の序文を紹介します。

序文

ズベ(藤本髙廣)さんの行動は、劇画的であったり、時たま規格外で面白い。つくる作品も同じです。2013年に熊本市現代美術館で開催された個展も会場に足を踏み入れた瞬間、「ズベワールド」に引きずり込まれたようでした。「どのように運び込まれたのだろう?」と思うほど巨大なバイクのオブジェが鎮座していたり、個性溢れる作品が並んでいて驚愕させられました。

そこまでは良かったのですが、驚かれたのが、展示会のギャラリートークで発表された突然の「廃業宣言」。親父さんから受けついだ、鉄工所をたたんでアーティスト一本でやっていくというのです。「バカじゃないの?そんなにアーティストはかっこよくないし、甘くないのに・・・」その時は何を考えてるの⁉︎と思った次第でした。

そして数年後にまたまた驚かされたのが、半年間滞在制作した熊本県小国町での企画展でした。主催の坂本善三美術館が「WANTED‼︎廃材を集めています」と書かれたズベさんの顔写真入りのチラシを作成。小国町の全戸に配布し、ひたすら廃材を集め、制作する日々が続きました。そして2016年に開催された「藤本髙廣ーくず鉄魂・地産地生」小国収穫祭。展覧会の終盤、夫婦で観に行きました。秋晴れの心地よい日差しを覚えています。

7~800m続く静かな商店街の軒下に、大小のツル、カメ、ウシ、トラ、トリ、ブタ、ハリネズミ、、、といった動物たちが、随所に見え隠れするように配置されていました。一体一体、道を歩きながら丁寧に観ていくと、その配置は小国両神社へと到達する仕掛けになっていることに気づきました。地域に密着した、見ごたえのある展覧会でした。

その日久しぶりにズベさんと、昼食を食べている時のこと。彼の想いを聞くことができました。「熊本地震で小国町も甚大な被害を受け人々も傷ついた。自分は物作りで町の観光も含め手助けできないだろうか。半年間無心、無欲に作品を作り続けた、、、。」それを聞いた私は「こういうボランティア活動もあるのだ」と感銘を受け、私の運営するホワイトギャラリーでの個展を即決しました。

翌年、2017年1月にタイトル「動物たちの祝宴」を開催。その時、ギャラリー内はもちろん、庭先まで作品はあふれ、まるで「動物園」のようでした。子どもたちが積み木遊びをするように、廃材の鍬、剪定バサミ、ボルトなどをくっ付けたら、こんなに楽しい豊かな動物たちが生まれる、、、。その様子や背景を、一冊の写真集にまとめてみたいと思ったのです。

どうぞ本書をお読みになる際は、ズベさんによって新たな「動物」となったものたちの姿を、そしてそれからの語り合う物語を思い浮かべながらご覧ください。きっととても楽しい「動物たちの祝宴」が開かれていることでしょう。

2018年6月23日ホワイトギャラリー 三坂基文

アマゾンでも取り扱っています。

車のマフラー。

「シカ」

Kさんから持ち込まられた、思い出の車、使われなくなったポルシェ356のマフラーと錆びて壊れたワーゲンのマニーホールド、Kさんだけのオブジェ「シカ」を作りました。

本日、手渡しして喜んで頂きました。Kさんありがとうございました。良かったです。「嬉シカ」です。

持ち込まれたマフラー
後日大変喜んで頂きました。
ありがとうございました。

カタチを創る

廃材っていうのは道具だったり、桑だったり、鋤だったり、農機具だったりするとですけど、つくられたときには一つ一つが畑を耕したりご飯を食べたり生活にまつわっとって、それで生きてきた人が何人もおるわけで。中には使わずに終わった機械もあるだろうけど、つくられたときには耕してくれとか、魂ば込めてつくっとらすとですよね。そのもの自体は、道具だけん。

その魂が、廃材として捨てられていくとなくなっていく。溶かされてまた別のものとして生まれ変わるっとだけど、つくられたときの魂はやっぱり消えんと思うとですよね。それば消える前にもう一回、そのカタチを残しといて、もの自体が生き返るというか、もう一つ命が吹き込まれて、もうちょっとだけ長生きできると良かですね。